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2006年1月 4日 (水)

ACT4 ナポレオン

Fi277_0e 僕は自分で活字中毒だと自認するほど、読むものが常にないと落ち着かない性分です。
正月の2日3日とクリニックを開けたため、今日からが本当のお休みになります。
何冊か休みに読める本を買っておいたのですが、とてもすてきな雑誌があったのでご紹介します。

季刊誌のACT4という雑誌なのですが、すばらしいオペラに出会ったあとの感動の余韻を楽しむ(第四幕)というコンセプトで編集されているのです。
その感動はオペラに限らず、絵画、旅行、本、そしてすてきな人に出会ったあとの余韻を楽しむということなのです。
この号はナポレオン特集でしたが、本の構成といい、写真の使われ方といい選び方といい、まさに感動の余韻を「堪能する」という言葉がシックリ来るものでした。

ナポレオンについては多くの解釈も、多くの文書も出ていますので、僕が深くを語ることはできません。ですが、ナポレオンを紹介する百科事典には彼の職業を軍人と政治家という二通り併記している点が面白いと思います。
どちらの職業でも立派な業績を残したマルチな人間であったと言うことなのでしょう。天は二物を与えないものですが、ナポレオンは優れた軍人として、生涯のうちにフランス革命後のフランスをまとめあげ、フランスに帝政を敷き、ナポレオン戦争と呼ばれる戦争で全ヨーロッパに侵略、席巻するという偉業を短期間に仕上げました。
同時に優れた政治家として、内政面でも諸改革を行いました。全国的な税制制度、行政制度の整備を進めると同時に革命期に壊滅的な打撃をうけた工業生産力の回復をはじめ産業全般の振興に力をそそぎました。さらに、教育改革にも尽力し「公共教育法」を制定。国内の法整備にも取り組み1804年には「フランス民法典」、いわゆるナポレオン法典を制定しました。
これは各地に残っていた種々の慣習法、封建法を統一した初の本格的な民法典で「万人の法の前の平等」「国家の世俗性」「信教の自由」「経済活動の自由」などの、まさに現代も生きている近代的な価値観と取り入れた画期的なものでした。
教育・交通網の整備にも尽力し、ナポレオンの法・政治・軍事といった遺産はその後のヨーロッパにおいて、共通の基盤となったことは事実です。

私は医学部を受験した2ヶ月前まで文系の受験生だったので、世界史と地理が好きで、とても勉強しました。
一番思い出すのは、体系世界史を教えてくれた先生が繰り返し言っていた、「洋の東西を問わず歴史は繰り返すが、国家が衰退し、国が滅びる直前には、文化が爛熟するのだ」という言葉です。
アショーカ王のマウリア王朝のガンダーラ美術然り、江戸時代の末期の元禄文化然り、メディチ家興隆の末のルネサンス然り。文化が爛熟するためには平和が続かなければならないのだけれど、爛熟した文化の下では逆に人間が堕落するというのはアイロニーですね。

英雄の歴史の中にも、盛者必衰の理があります。
かのベートーヴェンがナポレオンを人民の英雄と期待し「ボナパルト」と言う題名でナポレオンに献呈する予定で交響曲第3番を作曲していたのに、ナポレオンが皇帝即位の報を聞いていたく失望し、曲名も『英雄』に変更したというのは有名な話です。
民衆からの出身で、その期待と信頼を一手に受けていたナポレオンが、皇帝となり民衆との距離が出来てしまったことにより、彼らのニーズを汲み取れなくなって、人心が離れてしまった。仕舞いにセントヘレナ島に幽閉されて、おそらくヒ素中毒で毒殺されたと言う事実はむしろ、人生の儚さを感じ共感できます。

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