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2006年2月23日 (木)

"簡単"という言葉の重さ

ことばの使い方は難しいですね。特に感情が入る場合、同じ言葉を使用しても、まったく違った効果をもたらす場合があります。さらに言葉を受ける場合も特にこちらに精神的な余裕がなく、切羽詰っている場合は尚更、通常とは違った解釈をしてしまう場合もあります。現代社会では人間関係の希薄化が起こり、個人個人の価値観の多様化が起こっています。つまり、“あ”といったらすぐにそれを察して“うん”と言ってくれるような、言葉のいらないコミュニケーションが日本人同士でも、さらには家族同士でも難しくなりつつあるのです。

僕は手術室にかかわる医師として10年間、小児の心臓の手術や、脳を開ける手術、交通事故による大きな怪我の手術まで、ありとあらゆる手術に立ち会ってきました。自分がオペに立ち会っているときは、手術には技術的にやさしいものと難しいものの両方があることを実際体験してきたので、患者さんに手術の話をするときは、それが技術的にやさしいものであった場合、「簡単な手術だから大丈夫ですよ」と必ず言うようにしていました。そう言うことで、手術という非日常の、健康であれば体験する必要のないものに対峙しなければならない患者さんに、少しでも安心感を与えてあげたかったからです。

けれど、その自分の考え方が間違っていたことに気付いた事件があります。僕の子供が生まれて3週間後に鼠径ヘルニアの手術をしなければいけなくなったときのことです。主治医が僕に向かって「簡単な手術だから大丈夫ですよ」と、あの頃の僕と同じ顔、同じ口調で言ったのです。医師という自分の職業を脇に置き、手術に立ち会う患者、そして家族の側に立った僕にとって、その言葉は実に腹立たしいものでした。確かにヘルニアの手術は難しいものではありません。理性的にはもちろんわかります。けれど、命よりも大切な子供の生命を預けなくてはならないときに、「簡単」という言葉の不謹慎さをはじめて感情のレベルで理解したのです。それからは、患者さんの気持ちを患者さんの目線に立って考えたうえで言葉を使おうと努力しています。あの時自分が味わった気持ちを忘れないように・・・。

医は仁術。治療は実際に手をあてる手当て。そういった時代には人と人とのかかわりがもっとも大切なものでした。現在の診療医はコンピューターに向き合って患者さんを見ずに診察し、血液検査、超音波エコー、CT、MRIなどの多くの医療機器を介在させて患者さんを診る事になります。医療の面でも技術的は進歩ばかりが目につきますが、本当は、人とのかかわり方が現在、もっとも見直されなければならない時なのかもしれませんね。

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