文化・芸術

2007年10月25日 (木)

パリ オペラ座のシャガール

Operaparis今、 上野の森美術館で「シャガール展」をやっているそうですね。

今年は、20世紀を代表する画家の一人であるマルク・シャガール(1887-1985)の生誕120年にあたるのだそうです。

シャガールの作品には、とても好きな絵が何点かあります。シャガール・ブルーと呼ばれる、青を基調にした作品は、一度見ただけでも記憶に残りますよね。

パリのオペラ座の天井に、シャガールの絵があるのをご存知の方も多いと思います。1864年に完成したこの作品は、シャガールの名前を不動のものとした代表作です。大きなシャンデリアを中心に描かれたパステルカラーの作品は、それぞれの色彩で、ベートーヴェンや、ビゼーなどの代表オペラの一情景が描かれているのです。

僕は、医学博士号を取得した時に、その記念に・・・と、どうしても欲しかったこの作品の世界500枚限定のリトグラフを買いました。値段もはったので、当時の僕にとってはそれこそ清水の舞台から飛び降りるようなものでしたが、それでもあの時無理してでも買ってよかったと今は思っています。

気に入った絵って、いつも眺めたくなるんですよね。

今回のシャガール展では、この天井画の制作風景などのシャガールの写真が展示されているそうです。12月11日までに足を運んでみようと思っています。

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2007年10月23日 (火)

「寝坊な豆腐屋」

Photo 森光子さん・中村勘三郎さんによる特別公演『寝坊な豆腐屋』を新橋演舞場で観てきました。

森光子さんは、先代の中村勘三郎さんとは公私ともに親しくされていて、共演も何度もされているそうですが、息子さんとはこれが初めての共演なのだそうです。意外ですよね。

こんな初共演のチャンスを見逃す手はない、と開場前から多くの観客で演舞場の前は一杯。当然チケットはすぐに完売だったそうですよ。

時は東京オリンピック前の活気にあふれる東京の下町。二人は若い時に離れてしまった親子の役を演じています。

戦火を免れて残った東京の下町に、マンションの建築話がおこり、町内会をあげて、てんやわんやの大騒ぎになるのですが、この当時は、外を歩けばご近所が顔見知りで、豆腐を一丁買うのにも、世間話が交わされた時代ですよね。

懐かしい昭和の名曲も随所にちりばめられた人情味溢れるストーリーはとてもおもしろかったですし、また出演者も実力者ばかりで非常に贅沢なものを見せて頂いたな、と思いました。

森光子さんの存在感、勘三郎さんの舞台さばき、どちらも素晴らしかったです。

幕間に黒柳徹子さんも駆けつけてましたよ。

しかし、御年87歳の森光子さんの肌の若々しさ・美しさは聞きしに優るものでした。

最後はじ~んとしました。

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2007年10月18日 (木)

お気に入りのロックグラス

Baccarat 僕は自宅で焼酎をロックで飲むことが多いので、ロックグラスを集めるのが好きです。

中でもお気に入りはフランス バカラ(Baccrat)のロックグラス。何か良いことがあった時や思い出のあるときの記念にペアで一組ずつ揃えている内に自然と増えてしまいました。バカラはこだわりはじめると、アンティークものも気になりますし、高価なものもたくさんありますが、大きなものはなかなか買えません。でもロックグラスぐらいだと記念にもなる、ちょうどいいくらいの値段なのです。

バカラはパリの東400kmの、ロレーヌ地方の人口5000人という小さな街で生まれました。バカラとは酒の神であるバッカスから由来したこの街の名前なのです。

1764年、イギリスとの7年戦争で経済的に疲弊したフランスでのこと。林業従事者が職を失っていたロレーヌ地方で、当時のこの地方の司教がルイ15世に宛てて一通の手紙を送ります。それは、「当時フランスはガラス工芸品が製作されていないために、必要なガラスをボヘミアから大量に輸入しなければならず、戦後の財政再建にまわすべき莫大な資金が海外に流れています。」という内容でした。この慧眼に感服したルイ15世が、いわば国家威信をかけて作製を指示したのがバカラのグラスなのです。歴史を感じます。

マッセナ、タリランド、アルクール、アルルカン、ハーモニー、ベガなどなど。日によって気分を変えて選んでいます。どれもデザインが洗練された、まさに計算されつくされた意匠美。眺めているだけで満足感に満たされ、幸せな気分になるんですよ。

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2007年10月 6日 (土)

イグアスの滝

Iguazu1アルゼンチンの観光名所であるイグアスの滝にも行ってきました。

イグアスの滝といえば、世界三大瀑布のひとつですよね。ナイアガラの滝には10年前に行ったことがありますが、イグアスの滝を見るのはもちろんこれが生まれて初めて。日本ではウォン・カーウァイ監督の映画「ブエノスアイレス」で一躍有名になった場所、と聞いています。

イグアスの滝へは一泊あれば飛行機でブエノスアイレスから往復できるのです。 Ioguazu

イグアスはブラジルとアルゼンチン、そしてパラグアイのちょうど中間点に位置しており、熱帯雨林のジャングルの中に遊歩道があり、悪魔ののど笛というもっとも大きな滝を含めて200以上の滝が見られる名所になっています。

021 この滝がイグアスの滝の中で最も大きい、「悪魔ののど笛」といわれる滝です。すべてを流し去ってくれるような、その激流と轟音に、しばし時を忘れて見とれてしまいました。

027 この地域は、多くの種類の蝶が生息することでも知られています。トロッコ電車に乗り、移動する時にも多くの蝶がひらひらと舞っていて、夢のような場所でした。

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2007年10月 3日 (水)

ブエノスアイレス

Ba飛行機の中で一泊して、ペルーからアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに着きました。ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれる街です。

この近辺は、ラプラタ川のほとりの、パンパと呼ばれる草原地帯でしたが、16世紀にスペインの侵略があった後はヨーロッパ風の建築物が増え、まるでパリを思わせる美しい都と言われるようになったのです。

Ba4街を歩いていると、このような景色が目の前に広がります。本当にヨーロッパにいるようです。    Ba3

フロリダ通りというブエノスアイレスでもっとも栄えている通りを散歩しながら学会会場に向かいました。

Ba2このピンクの建物は、大統領府です。1873年から建設されたスペインロココ風の建物です。そもそも侵略軍からの領土を守るために要塞の役割を果たしていた建物です。

Ba0こちらは5月革命の100周年の際にスペイン系移民がアルゼンチン共和国に忠誠の意味を込めて贈ったといわれる巨大な記念碑です。アルゼンチンでも高級住宅街に属するパルレモ地区の中心にあります。今回の世界皮膚科学会もこの地域で開催されました。

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2007年10月 2日 (火)

空中都市マチュピチュ

Machi1今回クスコまで来たのは理由がありました。古代インカの空中都市マチュピチュにどうしても行ってみたかったのです。

この遺跡は1911年にハイラム=ビンガムによって発見されたのですが、高地にあったため、スペイン軍の攻略を受けておらず、インカ帝国当時の遺跡がそのまま残っていると言われています。発見当時はそれこそ“草ぼうぼう”で、それを4年間かけて綺麗にしたのだとか。

クスコからマチュピチュまでは、約140km。電車が走っています。3000m級の山の中を4時間以上電車に揺られて行くと、マチュピチュの駅に着きます。マチュピチュ駅からバスに乗り換え、絶壁のような山を400m、約30分かけて登ってゆきます。間違いなく、日光のいろは坂よりも急な坂でした(笑)。

Machi2マチュピチュ遺跡の入口にやっとのことで到着し、そこから山を登り始めるとあるところで、突然視界が開けます。

その光景は・・・思わず息を呑みました。言葉ではなんとも言い表せません。

Great! Wonderful! Spectacular!”と言った声も周りから聞こえてきます。

Machi3 噂には聞いていましたし、写真では見たことがあるのですが、写真のファインダーに入っていた視野は、全視野の10%ぐらいなのです。

その遺跡の大きさといい、迫力と言い360度のパノラマには度肝を抜かれました。ああ、ここまで来て良かった、生きてる間にこの光景を見ることが出来て良かったと、心から思いました。

鉄器がなく、文字もなく、キープと呼ばれる綱の結び目によって事象を伝達し、ミイラ信仰や生贄を生業としたインカ帝国。違う文化で育った人間の能力の可能性と言うものを、改めて思い知らされました。

Machi4マチュピチュはほとんど絶壁の山の頂上にあるので、下を見ると、約500mの高層ビルの上から地面を覗き込んでいるような視界で、本当に足がすくんでしまいます。

街の中は神殿を中心とした住居エリアと耕筰エリアに綺麗に分けられています。

スペイン語なまりの英語ガイドによると、マチュピチュの遺跡は現在もアメリカのエール大学と共同で発掘作業が行なわれており、全体の30%は再建されているが、10%がまだ未発掘だと考えられているのだそうです。

今後、どんな遺跡や遺産が発掘されるのでしょう。楽しみですよね。

また、2011年には発掘100周年をむかえるということで、記念式典も予定されているようですよ。

明日は朝からアルゼンチンに移動です。まさに大陸を端から端まで移動するので、夜通しの旅になりそうです。

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2007年10月 1日 (月)

インカ帝国の虹の色

Inka インカ帝国の国旗は、虹をモチーフにしたものです。

インカの首都クスコの近辺にも、多くの虹色の旗がはためいています。きっちりの7つの色の線があって、とても綺麗でした。虹の色と言えば日本では7色で赤、橙、黄、緑、青、藍、紫で、いわば常識ですが、実は虹の色を7色としない国も多いのです。

Niji ちなみにイギリスやフランスですと6色。ドイツだと5色。アフリカの一部の国だと2色なんて地域もあります。視神経という感覚器は同一でしょうから、これらの違いは色を理解する文化の違いなのでしょうね。

光の波長をプリズムによって分離すると虹色に見えるのですが、これはニュートンによって発見された事実です。本来は光の波長によって、連続した変化をしています。

レーザーやIPLの中には、これらの可視光線を使ったものも多く存在します。たとえば、オーロラやライムライトのようなフォトフェイシャル(IPL)光は、黄色から緑色の光を使いますし、脱毛のダイオードレーザーは波長の長い赤外線を利用しています。

一般的に、茶色いメラニンに対する吸収性は波長が短い(紫外線より)方が高いので、シミには効果が高いのですが、色の黒い人にあまり波長の短い光を打ち込むと、火傷をしてしまいます。クリニックFでは、診察をさせていただいた後に、それぞれの人に合わせて、波長とパワーを初期設定して少しづつ調節しながら治療を進めるようにしています。

このようにしてゆくと、透明感のある白い肌が手に入るのです。

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2007年9月30日 (日)

古代インカ都市クスコ

Machi0  「わざわざアルゼンチンまで行くのなら、途中ペルーにも寄っていきなさい」と知人や患者さんからの薦めもあり、アメリカ・ヒューストンで一度飛行機を降りた後は、まずペルーに入りました。

ペルーの首都リマに着くには、日本からヒューストン経由で最短でも36時間以上かかります。さらにそこから1000km離れたクスコに飛行機で移動。日本を出発して実に3日後にようやくクスコに着きました。クスコはあのインカ帝国の首都であった街です。この写真はクスコの中心地アルマス広場です。

 Ishi クスコの街中にはインカ時代の石組みがそのまま残っています。「カミソリ一枚すら入らない」と言われている緻密な石組み。街を歩いていたら、こんな石が組み込まれた石組みがありました。角を数えてみると、14角ですよ。鉄器のないインカ帝国で、どうやって作ったのでしょうか?

16世紀にインカを征服したCusukoスペインは、残ったインカの石組みの土台の上にスペイン風建築物を建てました。クスコで大地震があった際に、土台の石組みはひずみ1つ起こさなかったそうですが、スペインの住居はもろくも崩れ去ったそうです。インカ時代の技術の高さを肌で感じました。

Inka1

写真はサクサイワマンという遺跡です。クスコの高度は3400mですが、この遺跡は4000m近くのところにあります。

Teふと手を見ると手先がこんなに真っ青になっています。標高1000m以下のところから2500m以上の高地に48時間以内の短時間に到達した場合、三人のうち、二人が高山病になると言われているのです。 次第に耳鳴りや頭痛、倦怠感を感じてきました。高山病には初めてかかりましたが、きついですね。

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2007年9月24日 (月)

ミュージカル 「ウィキッド」

Photo 実は僕の「隠れ娯楽」はミュージカル観賞です。

日本で観るのも好きですし、毎回学会でNYやLASに行ったときは、学会の会期中にいけるミュージカルを探します。今までも「オペラ座の怪人」や「ライオンキング」、「マンマミーア」などを本場で観て来ました。

東京でも時間があると観に行きます。「レ・ミゼラブル」や「シカゴ」など、何度観ても楽しいですよね。

先日は、今年の6月から汐留の劇団四季でやっている『ウィキッド』を観て来ました。ずっと観たかったんですよ。

『ウィキッド』(Wicked) はブロードウェイで大人気を博したミュージカルです。2003年10月30日ガーシュイン劇場で初演を迎え、ブロードウェイのほかにシカゴ、ロンドン、ロサンジェルス、オーストラリアで現在も上演されている名作です。

「オズの魔法使い」は、誰もが知っている物語ですよね。僕はジュディ・ガーランド主演のものをDVDで観て、非常に感動した覚えがあります。モノクロから一気に鮮やかなカラーへと変わるそのコントラストは、ストーリー展開ともに見事で、

「アメリカ映画ってすごいよなあ」

と、しみじみ思った覚えがあります。きっと多くの映画監督がこれに影響を受けたのではないでしょうか。

御存じない方の為にストーリーをここで簡単に書いておくと、アメリカカンザス州に暮らす少女ドロシー(Dorothy)は竜巻に家ごと巻き込まれて、飼い犬のトトと共に不思議な「オズの国(Land of Oz)」へと飛ばされてしまいます。途中で知識の無いカカシ・心の無いブリキの木こり・臆病なライオンと出会い、それぞれの願いを叶えてもらうため「エメラルドの都(Emerald City)」にいるという大魔法使いの「オズ」(Wizard of Oz)に会いに行くのです。

でもオズに会ってもその願いは叶えられません。願いはそれぞれの、心の中の「気付き」によって叶えられるということに皆が気付いて物語は終わるのです。

『ウィキッド』は、この「オズの魔法使い」の中に出てくる西の悪い魔女エルファバと南の良い魔女グリンダとの間の知られざる友情を描いた作品なのですが、実は2人は心の通った親友で、お互いを思いやりながら、南の“良い”魔女グリンダと西の“悪い”魔女エルファバを「オズの魔法使い」の中で運命に導かれて役を演じてゆき、それぞれ本音とは別々の道を歩んでゆくのです。本音と建前と言うのは日本独自の文化かと思っていましたが、西洋にも存在するのですね。

音響がちょっとつらかったのですが、舞台セッティングは非常に素晴らしく、見て楽しめました。お勧めです。アメリカでも観たくなりましたよ。もしも観られる場合には、「オズの魔法使い」を読んでから出かけてくださいね。

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2007年9月 3日 (月)

EOS40D!!

Photo以前形成外科の先輩に、

「形成外科とは何か」

と教えられたことがあります。

彼女曰く

「1に写真、2に写真、3、4がなくて5に写真。」

肌や手術の変化を写真に撮り記録することが、いかに大事かと言うことの教えでした。

クリニックの診療でも、初診の患者さんの写真を撮らせていただくことから始めます。肌の状態は、高画質のカメラと、接射のフラッシュで照射して記録するのが一番なのです。数回の施術後に、施術前の昔の顔をみた患者さんが驚くのを楽しみにしています。

僕は小さな頃から光学機器が好きだったので、カメラにはいつも自分なりのこだわりがありました。レンズを交換できる一眼レフカメラが好きなので、クリニックを作るたびに新しいカメラを購入してきました。中でもCANONはお気に入りのカメラで、EOS10D、EOS20D、EOS30D・・・と歴代の一眼レフの機種をマクロレンズと接射フラッシュともに、開業時に購入してきたのです。

ところが、今日久しぶりにテレビを見たら渡辺兼さんのEOS40D新発売のコマーシャルが…。クリニックFで30Dを買ってわずか4ヶ月なのに…。

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2007年8月 2日 (木)

人は見た目が9割

Hitoha

竹内一郎さんの「人は見た目が9割」という本を読みました。この本は、アメリカで重要視されている「ノンバーバル・コミュニケーション」と呼ばれる領域の本ですね。言葉よりも、言葉以外の要素の方がより多くの情報を伝達しているという理論です。

アメリカの心理学者アルバート・マレービアン博士は、人が他人から受け取る情報(感情や態度など)の割合について次のような実験結果を発表しているものです。

顔の表情 55% 

声の質、大きさ、テンポ 38%

話す言葉の内容 7%

この研究が物語っているのは、話の内容が7%に過ぎないと言うことです。驚きませんか?  残りの93%情報は顔の表情や、声の質だと言うのです。

この本を読んで僕が感じたことは、「人は見た目が9割」であるならば、

「プレゼンは見た目が7割」

と言えるのではないか、ということです。

国内外で開かれる学会に呼んでいただく機会が多い僕ですが、最初は緊張ばかりだったのが、先月で海外で20回目の講演を果たしたこともあって、最近すこしだけ周りを見渡す余裕ができてきました。

以前は、学会でのプレゼンと言えば話の内容をとにかく密度の濃いものにしなければならないということだけが頭にあって、パワーポイントで作るスライドも、文字情報やグラフに頼り、それを多用していました。僕よりずっと先輩のドクターが席にいらしたりするので、おかしなものを出してはならないという気負いも多分にあったのだと思います。

しかし、現場でのお客さんの反応を見ていると、

「このままじゃ、お客さんには楽しんでもらえないな」

ということを去年ぐらいから感じるようになり、以来すこしずつ自分なりに「改良」してきたのです。

改良の一番のポイントは、文字や表よりも、画像やレイアウトを工夫すること。そしてプレゼンを「起承転結」に分け、「起」の部分ではドクターに焦点を合わせてプレゼンを作るのではなく、一般のサラリーマンやOLさんでもわかるような、わかりやすく身近な話から入ること。最後の「結」で、何が言いたいのかを明確にまとめること。

さらにパワーポイントを「紙芝居」に見立て、僕の声が聞こえなくても「絵」で見れば内容がある程度理解できるようなものを準備するようになったのです。

これらによってお客さんの反応は確実に変わりました。自分なりの手ごたえを感じられるようになってきたのです。特に最後の「絵で見てわかるようにする」という重要性をひしひしと感じています。

プレゼンも、人と同じように「見た目が大事」なのです。

もしプレゼンの作り方で悩んでおられるドクターがいたら、今ならご相談に乗れるかもしれませんよ(笑)。

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2007年7月16日 (月)

タイの休日

  Photo_22 タイ人はホスピタリティにあふれている国民と言われます。メディカルスパなどは、質の高い物が多いのです。

講演の時に渡航すると、前日はどうしても講演内容が気になり、何度も見直しをして変えてしまいます。眠れなくなってしまうんですよね。今回滞在したインペリアル・クイーンズ・ホテルのメディカルスパは評判がよいと聞いたので、その見学も兼ね疲れをとりに施術を受けてきました。  アロマセラピーを選択したのですが、とてもよかったですよ。 

Tai_2 町の中は、このように近代化されています。町のいたるところにリフレクソロジーのサロンがあるのですが、以前に来たときに、1度安いところに入ったら痛くて痛くてそれはもうまるで拷問でしたよ。(笑)「タイ式」というやつなんでしょうか。

Taizou_1タイは象が神格化されていて、町はずれには実際に象に乗れるところがたくさんあります。三国志の諸葛亮孔明が蜀の復興をかけて、ベトナムやタイに攻め込んだとき、象に乗った孟獲と言う王と何度も戦争をしました。諸葛はすべての戦いに勝って孟獲を捕らえるものの、心から孟獲が蜀に対して感服するまで、逃がし続けます。5回も逃がされたときに、孟獲は器の違いに気づき、諸葛に降伏するのです。

過去ローマ帝国を滅ぼしかけた、世界最強の軍事家と言われるカルタゴのハンニバルも、象を使ってアルプスを越え、ローマに攻め込みましたね。さしずめ、象は近代までは重戦車だったのでしょうね。

1234567_1 ディストリビューターミーティングの最後の日に、米国CYNOSUREのCEOであるMichael Davinたちと食事をしました。僕の目の前に写っているのはStephen Limです。

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2006年12月 1日 (金)

赤プリのクリスマスツリー

Image00701 もう12月になったのですね。クリニックから帰る時、赤坂プリンスのクリスマスツリーのイルミネーションが見える季節になりました。

やっぱり綺麗ですよね。

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2006年11月30日 (木)

銀杏の絵画館

Photo_14 秋の東京で好きな風景はいくつかあると思うのですが、青山外苑前の銀杏並木はこの季節すばらしいですよね。

僕は青山外苑前クリニックの前院長だったので、この場所には縁があったのではないかと思っています。

今日の朝、車で通過したのですが、あまりに綺麗なので引き返して写真に収めてしまいました。写真をとっている人が何人もいましたよ。

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2006年11月28日 (火)

六本木けやき坂

Image00501  今日は六本木ヒルズクラブで打ち合わせがありました。若手の異業種交流会のようなものです。医師、弁護士、検事、IT、PR、雑誌社の方々、その他、社会の第一線で働いている人たちの月1回の集まりなのです。

こういった会に参加すると普段使わない部分の脳が活性化されますね。ビジネスマンとして社会のニーズを取り違えはいけないと思います。僕たち医師も、友人からでなければ、良い意見を聞けません。貴重な会だと思いますよ。

夜に六本木ヒルズのけやき坂を歩きましたが、やはりクリスマスシーズンは綺麗ですね。写真に残しました。

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2006年11月18日 (土)

清水谷公園の秋

 Image00500 クリニックの前には清水谷公園という公園があります。春は桜、夏は新緑。そして秋は紅葉と、いつも目を楽しませてくれるのです。

今日は診察日だったので、駐車場に車を停めて、地上に出てみると、目の前に錦秋が広がっていました。思わず携帯で写真を撮ってしまいましたよ。

「錦繍」と言えば、宮本輝の作品を思い出します。宮本輝氏は最後の文士といわれるほど優れた文章を書く人ですが、この作品は、分かれた男女が錦秋で美しい蔵王で偶然再会し、その後手紙をつづる話でした。

宮本輝の作品は学生時代にはまって読んだことを思い出します。今ネットで検索しても、ほぼ全ての作品は読んでいました。中でもこの「錦繍」は、もちろん文章もストーリーもすばらしかったのですが、新書の表紙のもみじの絵がすばらしく綺麗で印象に残っているんですよね。その本は、今でも実家で眠っているはずです。久しぶりに読んでみようかな…。

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2006年10月21日 (土)

JMEC杯

Fi1323_0e 今日は、宇都宮のサンヒルズカントリークラブで行われたJMEC杯に参加してきました。


JMECといえば、日本最大のレーザーのディストリビューター(輸入販売元)の会社で、フラクセル、サーマクール、マックス、そしてシネロン社(オーロラ、ポラリス、ギャラクシー、e-max、e-light) などの輸入販売元です。参加者は合計44名。第十回目の開催だったのです。


僕はこのコース、初めて行ったのですが、コースとグリーンはトリッキーで、僕はほとんどすべてのトラップにはまってしまい、コースの設計者にまんまとやられました。でも、練習になるいいコースでしたね。


ゴルフっていうのは、本当に奥が深いですよね。僕は5年ぐらい前に相当ゴルフにはまって、プロについて、スイングが安定したところでヘッドスピードを測り、そのときに専用のクラブを作ってもらったのですが、そのときは結構な良いスコアで回っていました。でも今、改めてそのクラブを振ってみると筋力の低下もあり、完全に振り遅れるんですよね。ちなみに今日はボールを5個もなくしちゃいました。


毎回コンペに参加するたびに、練習しようと心に誓うのですが、何ともうまくいかないものです。一緒に回った面子は本当に楽しくて、是非次にもお願いしたいと思いました。

Fi1323_1e でも、昼飯に、名物のフカヒレラーメン、食べさせてもらいましたよ。


僕はフカヒレに目がなくて、赤坂の「維新號」や自宅近く麹町の「登龍」にも仕事の会食も兼ねてよく行くのですが、まさかゴルフ場でおいしいフカヒレを食べることができるとは思いませんでした。おいしかったですよ。


JMECさんの依頼で、来月11月3日に、日本レーザー学会で講演をすることになりました。お題はサーマクールとフラクセルの併用両方による皮膚改善の現状。がんばります。

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2006年10月10日 (火)

オリンポス12神

今回ギリシャに滞在して、オリンポス12神についてふれる機会が多かったので、な んだかFi1310_0e 詳しくなりました。ギリシャ神話はハリウッドの映画にも多大なる影響をしていて、今まで知らなかった事実も多く知ることが出来ました。


世界の宗教のほとんどが一神教です。日本のように八百万の神を祭るのは珍しいのです。でも、そもそもキリスト教がローマ帝国に布教されたのは313年のミラノ勅令からですから、それ以前はギリシャの神々への多くの神への信仰がこの地を支配していたといえます。


オリンポス12神のうち、全能の最高神はゼウスです。ゼウスが中心となって約10年という戦争を経てタイタン神族を倒し、世界をこの支配するようになりました。ゼウスは姉でもある正妻のヘラ(女性、結婚、家庭生活の守護神)との間にアレス(戦いの神)とヘファイストス(鍛冶の神)をもうけます。ちなみにこの二人の兄弟は、大叔母にあたる美と愛の女神のアフロディーナ(ヴィーナス)という一人の女性を妻とします。さらにゼウスは、もう一人の姉(デメテル)を含む6人の女性と関係を持ち、結局7人に子供を産ませるのです。現在ならめちゃくちゃな話ですね。でも、これらの子供達は優秀な神として成長するのです。


つまり、オリンポス12神は、ゼウスを中心として、ゼウスの兄であるポセイドン(海の神)、姉のデメテル(大地と穀物と豊饒の神)、そして正妻のヘラの4人と、叔母にあたるアフロディーナ。さらにゼウスが計7人の異母に生ませた子供にあたる前記のアレス、ヘファイストス、そしてアテナ(知性の女神、アテネの守護神)、ヘルメス(商人と旅人の守護神)、アポロン(太陽神、音楽、医学、弓術、予言の神)、アポロンの双子の姉アルテミス(月の女神、狩猟と出産の神)、そして酒と狂乱の神であるディオニソス(バッカス)で構成されているのです。そういえば、映画のロッキーの飼っていた犬の名前がバッカスでしたよね。


まとめると
ゼウス(全能の神)
ヘラ(女性、結婚、家庭生活の守護神)
アレス(戦いの神)
ヘファイストス(鍛冶の神)
アフロディーナ(ヴィーナス、美と愛の女神)
ポセイドン(海の神)
デメテル(大地と穀物と豊饒の神)
アテナ(知性の女神、アテネの守護神)
ヘルメス(商人と旅人の守護神)
アポロン(太陽神、音楽、医学、弓術、予言の神)
アルテミス(月の女神、狩猟と出産の神)
ディオニソス(バッカス、豊饒、酒と狂乱の神)

というわけです。

僕は今回の学会中、どうしても医学の神のアポロンが気になってしまい、とうとう最後にアポロンのコインを買ってしまいました。このコインは、今回の唯一のお土産になりました。

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2006年10月 2日 (月)

三国志と起業家

Fi1288_0e

今回の出張ではフランクフルト経由でヴェネチアに入りました。ヴェネチア到着は日本時間朝の4時。景色も分からないくらい頭が朦朧としていますが、機内で読もうと思って鞄に入れてきた吉川栄治の三国志の話をすこし書いて眠ることにします。久しぶりに読んでいるのですが、やはり面白いですね。


吉川『三国志』の中では「万物流転」、「盛者必衰」、「宇宙の真理」、「自然の摂理」、「民が国を創る」、「天命」などの、起業家に関わると思われる多くの言葉も語られています。


たまたま出国前にTOP POINTを読んでいて、企業家の本質という本の中に、狩猟民族の性質が、企業家の苗床なのだとコメントがあって、書き写してきました。


狩猟民族の特徴としては、


「周りの環境を常に観察するのを怠らない」
「瞬時に追跡態勢に入ることが出来る」
「頭が柔軟で、戦略を瞬時に変更できる」
「追い詰めているときは疲れを知らず、闘志を持続できる」
「具体的なゴールを明確に見ている」


これら、どれをとっても企業家の特徴を示していると同時に、三国志の中で、成功した武将の性質をとらえているともいえます。


愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶといいますが、歴史小説が、ベストセラーになる理由が分かる気がしますよ。

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2006年9月23日 (土)

モネの睡蓮

Fi1279_0e

今日、家に帰ってから日経新聞の夕刊を読んでいたら、第一面にモネの睡蓮の写真が出ていました。


睡蓮は多くの美術館に収蔵されていますが、僕が思い出すのはやはりフランスのオランジェリー美術館の睡蓮の間ですね。


オランジェリーはルーブルの横の、小さな美術館なのですが、美術館の1階の壁一面をぐるりと取り囲んでいるのが、晩年のモネの大作「睡蓮」の8連作なのです。一つ目の部屋は、『日没』『朝』『雲』『緑の反映』の四作品。さらに隣の第二室には『樹木の投影』『二本の柳』『朝』(2点)があります。


初めてオランジェリーに訪れたのは、1993年の冬でした。壁一面に広がる壮大な睡蓮の絵を前に、二時間ぐらいボーっとしてしまいました。幸せな時間でした。日本贔屓だったモネの作品は、日本の絵画の影響を受けたものも多いですよね。


昨年パリの学会のEMAAに参加したときには、オランジェリーは改装のため、閉鎖されていました。大好きな美術館だけに、残念でした。


そういえば思い出しましたが、オランジェリーの周りは、有名なゲイの待合スポットだとフランス人に聞きました。男性は、夜は気をつけた方がいいらしいですよ(笑)。

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2006年9月17日 (日)

神社めぐり

Fi1264_0e 僕は神社が好きでよく神社めぐりをします。


この9月7日、患者さんの無事故と、スタッフの健康を祈って、4つの神社を今日は朝から回りました。誰かからか聞いたのですが、神社めぐりは午前中にやらなければならないらしいんですよ。


早朝にまず出かけたのは、氏神様の赤坂の日枝神社です。まだほとんど人がいませんでした。凛とした空気が気持ちよかったですよ。


次に向かったのは、杉並の大宮八幡宮です。この神社は以前に住んでいた家から近かったこともあって、何度か行ったことがありましたが、とても好きな神社です。

Fi1264_1e 次は、一気に環七を下に下りて、品川南にある、品川神社におまいりに行きました。この神社は一部の人に、パワースポットと言われている、ちょっと不思議な雰囲気を持った神社です。幹線道から近いのですが、長い急な階段を登ってお参りに行きます。



そのまま15号と17号を北上して、最後は文京区の富士神社です。

今日はお祭りが行われている神社も多かったのですが、締めの場所として、とても良い雰囲気でした。なによりお参りすると気持ちが引き締まるというか、すっきりしますね。

Fi1264_2e お参りが終ったあとは、根津神社近くにある有名な鯛焼き屋さんに並んで、できたて熱々の鯛焼きを頂き、MBA友の会の医療経営に関する勉強会に向かいました。

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2006年8月22日 (火)

フランクリンプランナーの手帳

Fi1182_0e 最近、様々な手帳の紹介がされていますよね。一種のブームなんでしょうか??


以前は、PDAのような小さな携帯型のコンピューターを持ち歩いていたこともあるのですが、立ち上げが遅いし、すぐ思いついたことを書き込めない。やっぱり手帳は紙に限りますよね。


関谷ブログにもありましたが、[関連した日記LOG] 僕の手帳はここ数年、フランクリンプランナーというシリーズに落ち着きました。僕は、リーダーシップ(英語版)というシリーズを使っています。カラーなので、とても綺麗なのですよ。


バインダーは薄いものと、厚いものの二つ種類を持っていて、海外に行くときとかは薄い物を使います。普段はバインダーにクレジットカードとお札、名刺などを入れて、財布代わりにして持ち歩いているときもあります。


このシリーズには効果的なリーダーシップを発揮するのに必要な6つの要素、Communication, Trust,Vision and Forcus, Collaboration(協創),Creativity, Execution(遂行)を書き込んで、実行するために、作られたようです。


さらに、日めくりで、現在と過去の偉大なリーダー達の言葉が紹介されています。なるほどなと、感心するものから、???というものまで。


右脳手帳と左脳手帳とを持ち歩くという本も読みましたが、あれも面白かったです。僕の右脳手帳はもっぱらポストイットですね。


そういえば、ポストイットは3Mの研究者の、糊の失敗作からできたのだそうですね。ノーベル賞の田中さんの発見も、偶然試薬を間違えたことが発端でしたし、世の中を変えるような発明や、もしかしたら新しいビジネスモデルなども、常識のうちからは生まれないのかもしれませんね。

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2006年6月22日 (木)

良妻では日本の繁栄はない?

Fi923_0e 僕の家での趣味は酒と長風呂です。暑い夏でも必ず夜は風呂に入って汗をかきます。風呂に入りながら、本や雑誌を読むのが好きなんですよね。


読む本はいろいろありますが、雑誌は、たいてい決まっています。日本医師会雑誌やTOP POINT、AERA、週刊朝日、サンデー毎日、週刊文春、週刊新潮。あ、それから小学館と小早川伸木の恋でご縁が出来て毎週送られてくる「ビッグコミック」。


今日は火曜日なので週刊朝日を読んでいました。中で嵐山光三郎さんの連載コラム「コンセント抜いたか」に、思わず風呂の中でひとり爆笑してしまいました。


「みんな女房で苦労する」というタイトルで、野口英世と夏目漱石の話を書いています。


なんでも「借金の天才」で、数々の偉業を成し遂げた野口英世唯一の失敗は妻「メリー」との結婚なのだとか。


メリーはアイルランド系のアメリカ人ですが、家が傾いたためニューヨークの下町で働いていました。大酒のみで気が荒く、野口の年棒の三千ドルを浪費しつくしたそうです。野口はメリーと喧嘩するとコテンパンにぶっ飛ばされたそう。しかしそれに耐えた野口は研究に没頭し、あっという間に世界的学者にのし上がったのです。結局メリーはアフリカにはついてこなかったようですが…。


詳しくはぜひコラムを読んで欲しいのですが、嵐山光三郎さんは自筆で


「良妻賢母では日本の繁栄はなかった」


と、書いています。


そういえば、週刊朝日はいつの間にか「夫婦の情景」が終ってしまったんですね。今の「親子のカタチ」もおもしろいけど、ちょっと残念です。

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2006年6月 6日 (火)

人生をやり直せたら、やりたい職業

僕は医者という職業をしていますが、自分で言うのもなんですが、結構自分には合っていた職業なんだと思っています。


Fi846_0e 人間の体は本当に複雑なのです。医学部で体を勉強していたときは、本当に楽しかったですし、寝る暇を惜しんで勉強しましたよ。知的好奇心を満たす、すなわち知るということは、人間にとって最高の楽しみなんでしょうね。


病気の原因というものは1つしかありません。でもその原因があるので、体の中の病気を防ぐシステムが、ドミノのようにパタパタと倒れます。最後のオープンになった数枚のカードを頼りに病気の原因を推測するのです。これが推理みたいで、かなり楽しい作業なのですよ。


小さい頃から、大きな集団に飲まれてしまうのが苦手でした。あのまま慶応の経済学部を卒業して、一部上場している大企業とかに入っていたら、個性の強い僕なんかは、きっと浮いてしまって、人生間違ってしまったんじゃないかなと思いますよ。医師という資格を取っておいて本当に良かったと思います。


今思い起こせば、大学に入る前に、なりたかった職業は実は外交官でした。でも、現役の時に東大の法学部落ちて、その夢はきっぱりと捨てましたけれどね(笑)。


今、僕が人生をやり直せるとしたらやりたい職業が二つあります。


1つは指揮者です。写真は僕の尊敬する指揮者のカルロスクライバーですが、自分の好きなクラシックの音楽を、最高のオーケストラを使って指揮することが出来たら、本当に本望ですよね。


もう1つは宇宙飛行士です。車とか、乗り物を運転するのがとてもすきなのです。小学校一年生のときに、将来の夢を書かされた、友達が皆、野球選手と書いていたところ、僕だけ宇宙飛行士と書いていたんですね。


人生を今やり直すわけにはいきませんが、いつも夢は追っていたいですね。皆さんはどんな職業につきたかったですか??

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2006年5月31日 (水)

「チーム・バチスタの栄光」海堂尊

第4回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の「チーム・バチスタの栄光」を読みまし Fi818_0e た。確か、現役の医者が書いた本だということで、日経新聞か何かの書評に載っていたのです。


 東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一医師を臓器制御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、拡張型心筋症の心臓移植の代替手術であるバチスタ手術(成功率は60%といわれる)の専門の、通称“チーム・バチスタ”として、連続27症例の成功を誇り、その勇名を轟かせていた。


ところが、3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた。


壊滅寸前の大学病院の現状。医療現場の危機的状況。そしてチーム・バチスタ・メンバーの相克と因縁。医療過誤か、殺人か。遺体は何を語るのか…。栄光のチーム・バチスタの裏側に隠されたもう一つの顔とは。


これが、作者が医者だけあって、病院内の人事や、手術室の人間関係、よくわかって書かれているんですよ。東城大学医学部付属病院はおそらく関東の地方国立大学(たぶん千葉大学あたり)を想定して書かれています。


権利ばかりを主張する患者、身勝手に動く同僚医師、院外の評判ばかりを気にして、コスト意識を押し付ける病院経営者、協力的ではないコメディカルの人たちに対して、”これじゃ医者は壊れるぜ”という悲しい医師の台詞は、その真っ只中にいた僕としては同情を禁じえなかったですね。

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2006年5月29日 (月)

ブラックジャックの手術

Fi808_0e 手塚治虫のブラックジャックに憧れて外科医になった友人も多いです。
僕も中学生のときに全巻読破しましたし、今も当然、全巻持っています。新書版ですが…。


唐突ですが、オペが上手いってどういったことなのでしょうか????


ブラックジャックのいた時代にもっとも必要だった手術の上手い条件は、手術時間の速さだったのと思います。術中感染を防ぐ方法や、麻酔の技術が発達していなかったですから。事実ブラックジャックは手術時間に非常にこだわっていますよね。


過去の経験から、大体10人外科医がいたとすれば、1人は器用で、テンポの良い手術をしてくれます。8人はどんぐりの背比べ。そして1人は本当に下手といった割合になるのです。料理人とか、大工さんとか一般の職人の社会でもそうじゃないですかね??


大工さんや、料理人さんのような職人さんは、早い人で16歳ぐらいから仕事をはじめます。若いころから学んだほうが上手くなるのは当たり前ですよね。


でも、人が外科医として働けるようになるためには最低でも6年生の大学を卒業して、24歳になってからです。この年からトレーニングを初めるのです。あぶらが乗るのは10年ぐらい経ってからですが、でも40過ぎぐらいから目が悪くなってしまって、第一線を引退する医師も多いのです。


外科医の旬な時期は、本当に短いものだなあと思います。もしも16歳ぐらいから手術のトレーニングが出来れば、天才的な外科医が日本にも、もっと増えるのだと思いますよ。


近年麻酔が進歩したおかげで、長時間の手術というものが可能になってきました。患者さんに負担にならなくなってきたというのは事実です。


こうなると、多少はゆっくり手術しても、また、特別器用じゃなくても仕事が丁寧な外科医が患者さんにとってはいい仕事をすることになります。もちろん心臓血管外科とか、一部の脳外科の手術で、時間と器用さが勝負ということもありますけれどね。ガンのリンパ節転移をマップに照らし合わせて綺麗に摘出するとか、術後の皮膚の縫合を時間をかけて、傷が残りにくくするとか、乳がん跡などの術後の形成とか、そういった丁寧な仕事が求められるのでしょう。


時代によって、求められるニーズは違うということなのでしょうね。

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2006年5月26日 (金)

明けの明星

Fi799_0e なんとなしに早朝に目が醒めてしまいました。ふと夜空を見ると、月と金星が見事に並んでいるではないですか。年に何度もない決定的瞬間です。

ちなみに明星は、星の中で最も明るいとされている金星の別称です。

仏教伝承では、釈迦は明けの明星が輝くのを見て真理を見つけたということですが、確かに、実物を見てみると、神々しいという言葉がぴったりです。


またキリスト教では、明けの明星を意味する言葉として、他を圧倒する光と気高さから、唯一神に仕える最も高位の天使、そして後に地獄の闇に堕とされる堕天使の総帥の名すなわち「ルシフェル」(Lucifer)が与えられました。


明けの明星が最も美しい時刻は、午前4時だそうで、本当に良いタイミングで目が醒めたようです。皆さんにもおすそ分けします。写真クリックすると拡大できますよ。


何か、いいことがあると良いのですが…。

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2006年5月25日 (木)

THE DA VINCI CODE

18日に世界同時リリースされた映画”ダビンチコード”ですが、昨晩、六本木ヒルズシネマで、観て来ましたよ。最後のセッションは21時45分からだったので、打ち合わせが終った後に駆け込みました。

Fi798_0e ダビンチコードについては、2005年9月にパリで開催されたヨーロッパ美容・抗加齢学会EMAA (European Masters in Aesthetic & Anti-Aging Medicine)のブログでも、一度ふれたのです。ブログには、ルーブルにあるマグダラのマリア像の写真もありますよ。


キリスト教で長い間封印された、キリスト最大の秘密について書かれたこの本は、瞬く間に世界のベストセラーになりました。フィクションか、ノンフィクションか、曖昧にしてあるところがまた、作者の意図の憎いところです。


映画は映像的にはすばらしかったけれど、あれは本を読む予習が必要ですね。主人公が蘊蓄を駆使してパスワードを解析する時間もかけることなく、映画ではあっさりコマが進んでしまったし、キリスト教やヨーロッパ文化の説明など、随所にちりばめられたサブストーリーが無かったのは残念でした。まあ読むのと観るのとで違った楽しみ方が出来るということです。


トムハンクスもジャンレノもはまり役でした。原作を読んでから観るのがお勧めです。

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2006年5月13日 (土)

医者の休日

Fi749_0e 今日は朝5時半に起きて、軽井沢まで来ています。MBAをとるために一緒に勉強した同級生たちと一泊のゴルフ旅行なのです。ずいぶん前から楽しみにしていたのですが、朝からあいにくの雨。10時に始まったラウンドは気温6度、レギュラーティーで構えると、レディースティーも見えないほどの濃霧の中、キャディさんもなしでサバイバルゲームとなりました。スコアは・・・聞かないでください。

でも、お昼ご飯の時には、なんと窓の外ではしだれ桜が綺麗に咲いていました。山桜も時々見られて、心が洗われましたよ。

週末にゴルフを楽しむなんて、実に5年ぶりの贅沢です。仕事と学会活動、医学博士号や、MBAをとるための勉強や論文執筆、そして子育てで、この5年間は本当に余裕がなかったので・・・。そもそも医者になってからというもの、盆や正月の休みや、週に1回休みをもらうという習慣が無かったのです。


今年は少し心に余裕を持って、生活したいですね。

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2006年5月 5日 (金)

菖蒲湯

Fi727_0e 今日は久しぶりに菖蒲湯に入りました。最近体調を崩していたのを見てスタッフが菖蒲をひと束くれたのです。GW関係なく毎日仕事ですっかり忘れていましたが、今日はこどもの日だったんですね。


5月5日の子どもの日を「端午の節句」といいますが、「菖蒲(ショウブ)の節句」とも呼ばれるのをご存じですか? 


「菖蒲(ショウブ)」の音は、「勝負」や「尚武」に通 じることから、江戸時代から武芸を尊ぶという意味を持ちました。男の子の出生を祝って、端午の節句に菖蒲湯に入ることが習慣になったといわれています。


武運を祈り、丈夫に育て・・という願いも込められていたのですね。


菖蒲の効能ですが、菖蒲は多くの精油成分を含んでいます。漢方では、菖蒲は健胃薬や打ち身の治療薬に用いられています。精油成分は、おもに皮膚を刺激して血行を促進させる作用がありますので、菖蒲は血行促進の働きがあるほか、鎮痛作用もあり、腰痛や神経痛などもやわらげる効果があるのです。

お風呂に入った後は、確かにぽかぽかしますね。お勧めします。

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2006年5月 2日 (火)

セナの命日に

1994年の5月1日、F1ドライバー アイルトン・セナが亡くなって、もう12年が経ちました。僕はセナの大ファンで、亡くなったときにはセナの献花に青山のホンダにも出かけましたし、しばらく喪に服して、大好きなお酒も飲まなかった。F1好きが昂じて僕もその頃は国内A 級ライセンスを取得して、車のレースに参加したりしていました。

実は事故の約ひと月前、山口にあるパシフィック TIサーキット英田でセナの走りを実際に見ました。数週でリタイアし、肩を落として目の前を歩いているセナを見て、 なんだかオーラがなくなったな・・・となぜか感じたのです。

日本時間の5月2日の真夜中、いつものようにF1の中継を見ようとテレビをつけた瞬間、不吉な予感が的中したかのように、セナの事故が伝えられていました。第六感というのはやはり存在するのでしょうね。

先日ミハエル・シューマッハがセナの持つポールポジションの記録を塗り替えました。時代の移り変わりを感じますね。もうセナの持つF11位の記録はないのですから。

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2006年4月29日 (土)

東京タワー

Fi719_0e 今さらですが「2006本屋大賞」を受賞したベストセラー[東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン]を買ってしまいました。夜テレビを見ていたら、男なら母親を思って必ず泣いてしまいますというこの本が紹介されていたのです。今日時間があったので一気に読みきってしまいました。


途中妹尾河童さんの「少年H」をちらっと思い出しましたが、最後オカンが亡くなってしまったあと、リリー・フランキーさんが見つける、オカンが日記の奥に残した黄ばんだ紙にあった言葉にいたく感動しました。


そのまま抜粋しますね。


母親というものは無欲なものです
わが子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれる事を
心の底から願います
どんなに高価な贈り物より
我が子の優しいひとことで
十分すぎるほど倖せになれる
母親というものは
実に本当に無欲なものです
だから母親を泣かすのは
この世で一番いけないことなのです


この本はリリーさんの初めての長編なのですが、近いうちにドラマ化されるそうで、WEB SITEも見てみました。


広島にいるお袋は、今日も僕に有機野菜を送ってくれました。母親を泣かせないようにがんばらないといけないですね。

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2006年4月21日 (金)

韓流スターのもみあげ

美容院が嫌いです。そもそも人に髪を触られるのがイヤなのです。そこで髪を切るときは新橋の床屋に毎回行っています。15分くらいで散髪しヒゲも剃ってくれるので、楽なのです。予約も要らないですしね。


しかし、髪を切るたびクリニックのスタッフから批判を受けます(泣)。「今どきそんな髪型の人はいない」とか「もみあげが刈り上げになっていて、韓流スターみたいだからやめてくれ」とか言われ、次は美容院に行くしかないかと思っていたのですが、ついつい昨日また新橋に行ってしまいました。一応もみあげは残してくださいと床屋でお願いしたのですが、あまり効果はなかったようですね。


来月こそは美容院に行ってみよう。

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2006年4月18日 (火)

O型の苦悩

Fi692_0e 僕はもともと会議やミーティングが苦手です。苦手ですが、こういう接客業は申し送りや会議が必要不可欠です。今日も月に一度のチーフ会議が診療後にありました。受付・ナース・ビューティセラピスト・秘書にメディカルスパ・ディレクター・・・と僕以外はすべて女性。全員年下。一応僕が院長で一番偉いはずなのですが、毎回けっこうびしびし怒られます。そこまで言うかよ~? と思うときもありますよ。でも男ひとりなので、立場が圧倒的に弱いのです。これが世に言う吊るし上げですかね(苦笑)?


女性特有の切り替えしを最近学んできました。それは血液型や占いで思考を結論づけられることです。僕がよく言われるのは「先生はO型だからわからないかもしれませんが・・・」というのがひとつ。どうも大雑把で不遜だということを言いたいらしい。この間は、「先生は金星人だから、木星人の私たちとは考え方が違うんです」と言われました。??“金星人”って一体なに? と聞いたら、細木数子の占いだそうです。細木数子までもちだされたら、全く男はたまりませんよ(泣)。


今日スタッフに怒られたことのひとつ。「診療中に足を組むのは患者さんに失礼じゃないでしょうか?」というのに弁解させてください。これは血液型や六星占術は関係なく、長時間診察室で硬い椅子に座っていると、僕は腰があまりよくないので痺れてつらくなってくるのです。それでつい組んじゃうことがあるんですけど・・・確かにエラそうに見えるかもしれません。直さないといけませんね。以後気をつけます。

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2006年4月16日 (日)

カードマジック入門

Fi686_0e 朝から赤坂プリンスで打ち合わせが一件あり、ニューオータニの前を歩いていったのですが、本当に八重桜が咲き乱れていて、感動しました。

昼に一度家に戻って小一時間本棚の整理をして、しばらく必要ないであろう書籍を段ボールに詰めました。なんでこの本買ったんだっけ? というものもけっこうあるのですが、本はなかなか捨てられないし売れない性分です。実家に送ってしまおう。こんなに荷物が東京から届いたら、怒るだろうな。

Fi686_1e 「カードマジック入門」という本が出てきて、一緒に詰めようかどうしようか迷いましたが、そのまま置いておくことにしました。マジック好きなんですよね。恥ずかしながら。この本は透明のラッピングがされていてけっこう高い金額がついていたのです。それでつい買ってしまったのですが、難しすぎて読んでも全く技が習得できない。


実家から送られてきた野菜をどかっと乗せたネギ・チャーシューメンとイチゴを食べて、またこれから午後からサイノシュアというレーザー会社主催の勉強会です。スペインのように日本にもシエスタがあるといいんですけどね(笑)。

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2006年4月10日 (月)

ボストン美術館

Fi665_0e

ボストンに行ったらどうしても観たかった絵がボストン美術館に在ったので、行ってきました。

Fi665_1e 見るからに荘厳な回廊の上に目指す絵はありました。

Fi665_2e 僕が観たかった絵はモネの日本娘というこの絵でした。大学のときにボストンに行ってきた先輩が、画集を見せてくれたのでした。印象派のモネらしくない原色の彩りですが、着物からモネが受けた衝撃を表しているようで、1度観に行きたいものだと思っていたのです。

現物は、本当に素晴らしかったですよ。30分近く眺めていました。

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2006年4月 6日 (木)

季節はずれの・・・

Fi648_0e ボストンでの学会に出席する前に経由しているNYですが、今日は朝ホテルの窓から覗いてみたら、雪が降っていてびっくりしました。季節を間違えたか・・・。東京も雨でずいぶん桜が散ってしまったようですね。今年はゆっくり花見をする余裕もなかったな。夜の千鳥ヶ淵でも散歩したかった。

Fi648_1e 寒い中、エンパイヤーステートビルに歩いてゆきました。

Fi648_2e ビルの上ですが、雪のために外はほとんど見えません。

Fi648_3e_2 ところが、自由の女神までほんの30分移動したら、まったくの晴天になってしまい、観光日和になってしまいました。

Fi648_4e この写真は自由の女神のわずか900mぐらい横に位置するエリス島です。この島に連邦政府移民局が設けられたのは1892年です。現在のアメリカ国民の約40%に当たる人の祖先がこの島に入国したと言われています。

僕の好きな映画にゴットファーザーがありますが、そのパートⅡには若き日のドンコルリオーネこと、ビトコルリオーネがこの島に滞在した映像があります。時間がなくて、降りられませんでしたが、タイタニックのディカプリオ扮するジャックドーソンもタイタニックが沈まなければ、この島に上陸するはずだったんでしょうね。


実は僕はNYは初めてだったのです。ですが、このエネルギーはすごいですね。圧倒されています。次回は仕事ではなく観光で来て、ブロードウェイでミュージカルを観たりしてみたいものです。

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2006年4月 2日 (日)

医者が使う耳掻き

Fi637_0e 実は耳掻きが好きです。夜にはなんとなく耳かきを持って掃除してしまいます。そんな耳掻きフリークの僕が、ついつい通販で買ってしまったのが、ファイバースコープで耳の中を見ながら耳掻きが出来る装置なのです。

流石に医療用のファイバースコープとまでは行きませんが、なかなかの解像度。耳の中を見ながら、耳かきを出来るのが幸せです。

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2006年3月29日 (水)

さらば幡ヶ谷

Fi584_0e 引越しです。昨日から寝ずの作業で、梱包した荷物は思ったよりも多くて驚きました。渋谷区幡ヶ谷に住んで10年。この街を出る日が来るとは思いませんでしたが、こうしてみるとひとつの場所に長く住むと、人間はいろんなものを知らず知らずに溜め込んでしまうものですね。良いものも悪いものも。

今は新しい家で、荷物が届くのを待っているところです。先に車で持ってきた酒類を飲んでしまおうかどうかと葛藤しています。ワインがうまそうなんだが、コークスクリューが見当たらない。飲む前にとりあえずブログを書いておこう。

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2006年3月21日 (火)

成功する企業とは

企業に必要な4人の首脳陣について。


 企業が成功するときに、そこには4人の人材が必要なのだそうです。ひとりめはRomantist~ロマンチスト。ドリーマーとして夢を語り、夢を追いかける人ですね。


 次にTheorist~セオリスト。理論家。そして、Realist~リアリスト。現実主義者ですね。そして、最後がHumanist~ヒューマニスト。人情あふれる人が必要で、この4人がバランスよくそろえば、その企業は成功する、と。


 企業と違って、病院は個人商売の趣が強い。医者が開業するとき、この4人のタスクをひとりで背負わなければいけないことがままあり、それが原因で仕事がうまくいかない医者も多いような気がします。だからといって、病院にこの4人を揃えることは難しい。院長と副院長、事務長と婦長でこの4人を兼ねられればそれは最高なのでしょうが、なかなかそううまくいかないのが医療の現状です。


 医療と経営の両立は本当に難しいのです。

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2006年3月20日 (月)

50インチのプラズマTV

Fi550_0e しばらく自宅にテレビのない生活をしています。突然壊れたのです。おかげで荒川静香もWBCも観ていません。唯一第二ラウンドの韓国戦だけ、診療の合間に麹町のラーメン屋で観ましたね。藤川が打たれるのを観て、出てきてしまいましたが・・・。明日の決勝は松坂に頑張ってもらわないと!


 テレビがなくても、実は特に困らないんだよな・・・と最近思ったりしていたのですが、先日ふらふら~と入ったビックカメラで買ってしまいましたよ、50インチのTVを。つい。これで大好きな映画のDVDを観ながら焼酎飲んだら、うまいだろうなと思って。


 しかし、搬入されてから実物をよく見ると、50インチのTVって日本の住宅には大きすぎませんか?? 50インチのTVを持ってる人って、どんなに広い家に住んでるんでしょうかね? 

実はまだ開けていないんですが・・・

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2006年3月17日 (金)

「NANA」

Fi548_0e

クリニックのスタッフが漫画の「NANA」を回し読みしているので、試しに僕も借りてみました。こういうクリニックは女子高と一緒なので、その中における僕の役割は、いわば女子生徒ばかりがいる学校の数学教師みたいなものでしょうか? 男3兄弟しかも長男の僕にとっては、「女子高」で起きる様々な出来事は不可解なことも日々多いので、勉強のつもりで読んでみようと思ったのですが・・・やっぱり何度トライしても読めないんですよね、これが。「小早川信木の恋」は読めたのに・・・なぜだろうか?

Fi548_1e 男性の脳と女性の脳は、あきらかに違います。左右の脳を連結する脳梁という部分が女性の場合、男性の1.5倍もあるのです。男性の脳は、論理展開や、1つのことを集中して成し遂げることが得意です。反対に女性の脳は、左右の脳の情報が交通しやすいので、感性や、直感に優れます。昔「話を聞かない男、地図を読めない女」という本を読みましたが、男脳と女脳の違いについて面白く解説した本でした。お勧めです。男と女は外見が似ているので同じ種だと思われがちですが、本当は鯨とチンパンジーぐらい違う生物なのかもしれません。

 同時通訳者は女性に多いのですが、実はこれも脳の構造に関連があるのです。女性脳の方が、言語中枢が発達し、同時に多くの言葉を認識することが出来ます。男性の脳はそれができないのです。男性の同時通訳者もいることはいるのですが、ゲイとまでは行きませんが、女性っぽい人が多いのです。皆さんも心当たりありませんか??

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2006年3月16日 (木)

小早川伸木の恋 打ち上げパーティー

柴門ふみさんの 小早川伸木の恋 単行本の小学館打ち上げパーティーに呼ば れました。お店は永田町の四川飯店。料理の鉄人のお店です。

 打ち上げですので、僕の他にお話を聞いたお医者さんや、盆栽屋さんのモデルの方などもいらっしゃいました。料理の味も忘れてしまうぐらい、楽しい会話で、編集者の方たちと盛り上がってしまいました。柴門さんの取材を受けていたのはおととしの話です。大学にいたときですからだいぶ前の話なのですが、テレビ放映まで、あっという間でしたね。

柴門さんからサイン入りの単行本 (四巻、五巻)をいただきました。家宝にします。

小早川伸木の四巻と五巻には、目次のページに、 藤本 幸弘 の名前が医療監修として入っています。三巻の販売の時にはまだ、大学職員だったので、名前だけはやめてくださいとお話していたのです。(笑)

Fi534_0e_2 柴門さんの漫画は同級生や、東京ラブストーリーなど、リアルタイムで読んでいた読者だったので、なんだか嬉しいですね。

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2006年3月 7日 (火)

スタンフォード大学訪問

Fi529_0e サンフランシスコの最後の日には、心臓外科医の友人が留学しているスタンフォード大学を訪問しました。スタンフォード大学は1891年に設立され、カリフォルニア州にある、東のハーバード大学と並ぶ全米トップレベルの大学です。7つの学部と65の学科、そのほか30以上の付属の研究機関及び研究所を持つ私立大学です。数多くのノーベル賞・ピュリッツァ賞受賞者を多数輩出し、ヤフー、ヒューレット・パッカードの創始者やクリントン前大統領もスタンフォード大学で学びました。いわゆるシリコンバレーの発祥の地ですね。

Fi529_1e 学内で記念撮影です。僕は大学の医局時代に目標とした3つの夢がありました。1つは臨床で専門医をとること。1つは研究で博士号をとること。もう1つは留学することでした。そして、留学だけは大学に在籍したうちには果たせないで終わってしまったので、未練があるんですよね。アメリカでは社会的に成功した後に、50代で大学に戻るなんて事はよくあるので、まだまだチャンスはあると思っています。

Fi529_2e 学内で最も高いタワーであるフーバー(元アメリカ大統領寄贈の)タワーより学内を望みます。このあたりは牧草地だったようですが、キャンパスの周辺には、スタンフォードリザーブと呼ばれる、見渡す限りの広大な遊休土地があります。こんなに土地があれば、この大学はいくらでも成長できるでしょう。

 留学中の友人の話によると、この大学は、大陸横断鉄道の建設者リーランドスタンフォードが15歳で病死した一人息子を追悼するために設立したそうです。彼は当初、ハーバードに校舎を1つ寄贈するつもりだったらしいのですが、その見積もりを見て、あまりの安さに、これなら大学を全部作れると言って、この大学を作ってしまったそうです。なんともスケールの大きな話です。

Fi529_3e キャンパス内にはこのように大きな教会もあります。ステンドグラスが美しかったです。

これが医学部の研究棟です。僕の大学院の研究室は、地震で倒壊しそうな古い建物だったので、その違いに驚愕しました。こういった恵まれた施設の中で、多くのノーベル賞の研究がなされたのでしょう。

 そうそう、国が滅びる前に、文化の爛熟期がおこることを以前、ブログに書きましたが、国が滅びる前にノーベル賞が増えると聞いたことがあります。確かにそうかもしれませんね。

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2006年2月23日 (木)

"簡単"という言葉の重さ

ことばの使い方は難しいですね。特に感情が入る場合、同じ言葉を使用しても、まったく違った効果をもたらす場合があります。さらに言葉を受ける場合も特にこちらに精神的な余裕がなく、切羽詰っている場合は尚更、通常とは違った解釈をしてしまう場合もあります。現代社会では人間関係の希薄化が起こり、個人個人の価値観の多様化が起こっています。つまり、“あ”といったらすぐにそれを察して“うん”と言ってくれるような、言葉のいらないコミュニケーションが日本人同士でも、さらには家族同士でも難しくなりつつあるのです。

僕は手術室にかかわる医師として10年間、小児の心臓の手術や、脳を開ける手術、交通事故による大きな怪我の手術まで、ありとあらゆる手術に立ち会ってきました。自分がオペに立ち会っているときは、手術には技術的にやさしいものと難しいものの両方があることを実際体験してきたので、患者さんに手術の話をするときは、それが技術的にやさしいものであった場合、「簡単な手術だから大丈夫ですよ」と必ず言うようにしていました。そう言うことで、手術という非日常の、健康であれば体験する必要のないものに対峙しなければならない患者さんに、少しでも安心感を与えてあげたかったからです。

けれど、その自分の考え方が間違っていたことに気付いた事件があります。僕の子供が生まれて3週間後に鼠径ヘルニアの手術をしなければいけなくなったときのことです。主治医が僕に向かって「簡単な手術だから大丈夫ですよ」と、あの頃の僕と同じ顔、同じ口調で言ったのです。医師という自分の職業を脇に置き、手術に立ち会う患者、そして家族の側に立った僕にとって、その言葉は実に腹立たしいものでした。確かにヘルニアの手術は難しいものではありません。理性的にはもちろんわかります。けれど、命よりも大切な子供の生命を預けなくてはならないときに、「簡単」という言葉の不謹慎さをはじめて感情のレベルで理解したのです。それからは、患者さんの気持ちを患者さんの目線に立って考えたうえで言葉を使おうと努力しています。あの時自分が味わった気持ちを忘れないように・・・。

医は仁術。治療は実際に手をあてる手当て。そういった時代には人と人とのかかわりがもっとも大切なものでした。現在の診療医はコンピューターに向き合って患者さんを見ずに診察し、血液検査、超音波エコー、CT、MRIなどの多くの医療機器を介在させて患者さんを診る事になります。医療の面でも技術的は進歩ばかりが目につきますが、本当は、人とのかかわり方が現在、もっとも見直されなければならない時なのかもしれませんね。

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2006年2月 8日 (水)

コールドリーディング

何も情報のない状態から相手の素性を当てるのをコールドリーディングといいます。これは占い師や詐欺師が行う手段で最近石井裕之氏の著作がテレビに取り上げられるようになって、再び脚光を浴びています。非常に面白いコミュニケーション手段だとおもいます。

悩んでいる人を見たら、まずは、占い師は、ほとんどの人がそうだと思えるセンテンスを用意します。ストックスピールというものです。心理学の実験ではバーナム効果、フォーラー効果と呼ばれるもので、以下のようなセンテンスが使われるそうです。

たとえば、「外向的で愛想がよく、付き合いがいいときもある半面、内向的で用心深く、ひきこもってしまうこともある外見は自信があるように見えるけれども、心の中はくよくよしたり不安になってしまう面がある」
であるとか、
「あなたは自分に対して厳しすぎることがある。あなたはどんなに頑張っても本当の悪人にはなれない人です。あなたのこれまでの人生はもらうよりも与えることの方が多かったですよね」

などなど。果たして、これらの文章が自分に該当しているかを問うと、被験者は高い率でYESと答えるわけです。

これを、我の強いMeタイプと協調性重視のWeタイプの2種類に大別し、それぞれにヒット率の高いストックスピールやそれを誘導する質問群を用意しておくのが世渡りの秘訣だということです。確かに自分のことを言い当てられると驚きますよね。もちろん、本当にスピリチュアルな能力を持った人もたくさんいて、その見分けが必要なのでしょうが。


Fi428_0e でもこれらの手法は、コナン・ドイルのシャーロックホームズがまさに達人でしたよね。シャーロッキアン(世界中に存在する、シャーロックホームズのマニア的研究家)もよく指摘するところですが、かれのコールドリーディングの技術は本当に卓越しています。

たとえば、皆さんも良くご存知だと思いますが、ワトソンと初めて会ったシャーロックはワトソンがアフガニスタン帰りだと言うことをいとも簡単に言い当てます。その推理の根拠を確かこんな様に語ったとおもいます。

ここに医者風で、しかも軍人タイプの紳士がある。無論軍医に違いない。顔は真っ黒だが、黒さが生地でないのは、手首の白いので知れる。してみると熱帯地帰りなのだ。艱難をなめ、病気で悩んだことは憔悴した顔が雄弁に物語っている。ついでに左腕に負傷している。使い方がぎこちなくて不自然だ。わが陸軍の軍医が艱難辛苦し、腕に負傷した熱帯地はどこだろう?無論アフガニスタンだ。

この推理力に感心したワトソンは、シャーロックの語り手として片腕になるのです。

でも、この話、ちょっと出来すぎですよね。日本のどこかにも、こんな話があったような気がしますが……。

シャーロック「ワトソン君、今年は桶屋が儲かると思うが、どうしてだかわかるかね?」

ワトソン「いや、まったく分からないよ。シャーロック、またどういった推理なんだね?」

シャーロック「いや、ワトソン君、いとも簡単な推理だよ。今年は風が強いじゃないか。風が吹くと砂ぼこりが出て盲人がふえる。すると盲人は三味線をひくために、三味線に張る猫の皮が必要でではないか。猫が減るとと、鼠がふえて桶をかじる。だから桶屋が繁盛するのさ。」

ワトソン「いつもながらの素晴らしい推理だね。流石だよ。シャーロック。」

チャンチャン。
どんな推理も飛躍をしてはいけません。
お後がよろしいようで。 (笑)

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2006年2月 7日 (火)

デンマーク・コペンハーゲン

   

 
 
Fi433_0e フィンランドのサ-リセルカというところのEADV(ヨーロッパ皮膚泌尿器科学会)出席のため、スカンジナビア航空で、コペンハーゲン経由でヘルシンキに入り、イヴァーロ空港からアクセスするという方法で、フライトを予約しました。ところが、フライトの都合で、どこかで一泊必要です。コペンハーゲンとヘルシンキを天秤にかけて、コペンハーゲンで一泊することにしました。機内より、朝焼けに染まる機体です。

Fi433_1e デンマークは九州よりもちょっと大きなとても小さな国です。人口もわずか539万人。グリーンランドが領地に入ります。デンマークで有名なものは、レゴ、童話のアンデルセン、カールスバーグのビール、そしてロイヤルコペンハーゲンの陶器でしょうか?
到着したのは大雪の夜。トランクを引きずって日本時間の真夜中というか早朝に何とかチェックインしましたが、そのまま眠ってしまいました。

Fi433_2e コペンハーゲンはわずか2km四方に見所がまとまっている小さい街です。日照時間5時間あまり。日ごろの運動不足を解消するために、この時間で回れるところを歩きまわろうと思いました。とはいえ、気温はもちろんマイナスで、早朝は寒いです。写真はデンマークの王宮であるアメリエンボー宮殿です。残念ながら、朝早すぎで、見学は出来ませんでした。 左に国旗が翻っていますが、マーグレーテ2世女王が在宮というしるしだそうです。

Fi433_3e_2 有名な人魚姫の銅像まで(ちょっとはずれにあります)3kmあまり歩きました。この像は1913年にエドワード・エッセンという彫刻家によって作られましたが、後に首を切り落とされたり、2003年には爆破までされたりしましたが(そういえばテレビでやっていましたよね)、そのたびに修復されています。思ったよりもはるかに小さな像で災難続きで可哀想になりました。

Fi433_4e_2 ニューハウンの街並になります。暖かかったらさぞかし美しいのでしょう。


Fi434_0e_1 ローゼンボー離宮です。1605年にクリスチャン4世によって離宮として建造されました。以来、王家代々の遺物や、王座、王位を象徴する宝物が、ここに保管され、博物館として一般人の目を楽しませています。

Fi434_1e_2 ちょうど軍隊の鼓笛隊の行進に出くわしました。

Fi434_2e コペンハーゲン大学の王立病院です。デンマークは、自然療法では優秀なリフレクソロジストを多く輩出しています。フェイシャルリフレクソロジーの創始者であるロネさんも、デンマーク出身です。
市内の病院では、西洋医学の医師と、自然療法士が力を合わせて診療にあたっています。現在フェイシャルリフレクソロジーが脳に与える影響を王立の予算で研究中だそうです。顔面の感覚神経路は三叉神経を通しているのは常識で、おそらくかなりの影響があると考えられます。研究の成果が発表されるのが楽しみです。

 
Fi434_4e シティホールです。中ではロックバンドが夜の公演の準備をしていました。夕方には昨日の雪が嘘のように晴れてしまいました。今日は10km以上歩いたと思います。
よく眠れるでしょう。明日はフィンランドに移動です。

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2006年2月 6日 (月)

アーサー王

Fi399_0e ある高名な占い師に、あなたはイギリスのアーサー王と前世で関連があると言われたことがあります。気になったので、アーサー王とはどんな人物だったのか、調べてみました。

アーサー王はブリテンの伝説の王。実在したとも言われるが真偽は不明ですが、完全に否定することも出来ない事実もあります。伝説によれば、アーサーは、「これを引き抜いた者は王となるだろう」と書かれた台座に刺さっていた剣を16歳にしてあっさりと引き抜き、魔法使いマーリンの助けで名君に成長しました。そして聖剣エクスカリバーを携え、円卓の騎士たちとともにブリテンを統一したと言われています。のちに円卓の騎士の一人であるサー・ラーンスロットと王妃グウィネヴィアの恋により、円卓の騎士団の崩壊という大きな挫折を経験します。さらに不義の息子であるモードレッドとの決戦で瀕死の重傷を負い、常若の島アヴァロンに連れ去られて傷を癒すところで、伝説は締めくくられます。

アーサー王の物語をモデルにした著作は多々あります。明治の文豪、夏目漱石が明治38年に発表した初期の作品『薤露行』(かいろこう)は、まさにアーサー王物語をほぼそのままモチーフにしたものです。アーサー王伝説に惚れ込む作家は海外にも多いのですが、アメリカのノーベル賞作家ジョン・スタインベックもその一人でした。1939年、大干ばつと耕作機械によって土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた壮大な作品『怒りの葡萄』でピューリツァー賞、全米図書賞を受賞した人物です。怒りの葡萄は高校生の時に読みました。さらに彼は映画『エデンの東』の原作者としても知られますが、処女作『黄金の杯』などにはアーサー王伝説の影響が色濃いといえます。遂には、アヴァロンとされるグラストンベリに移り住民となりました。

ジョージ・ルーカスの映画『スター・ウォーズ』も神話がモチーフであると言われてきました。いわば、出自を知らずに成長し、使命をおびて故郷を捨てて旅立ち、よき指導者と仲間とともに巨大な敵を破り故郷に凱旋する主人公の物語です。エクスカリバーともいえる聖なる剣であるライト・セイバーを授かるルーク・スカイウォーカーをアーサー王に見立てる説も多くあります。旧三部作ではオビワン・ケノービがマーリンなのでしょう。アナキン・スカイウォーカーの新三部作も最終章でダースベーダーとなって転落する以外は確かに同じ構成ですね。

聖杯と聞くと、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』を思い浮かべます。ハリソン・フォードふんするインディ・ジョーンズが探し求めるのは、キリストが最後の晩餐で使ったとされる聖杯です。ダン・ブラウンの世界的ベストセラーでもある『ダビンチコード』でも聖杯について語られていますね。アラビアのロレンスとして知られるT・E・ロレンスは、聖書とともにアーサー王物語の文庫本をずた袋の中に入れて携帯していたといわれています。ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーは、アーサー王にまつわる2つのオペラ作品を生み出しました。円卓の騎士の一人トリスタンを題材にした『トリスタンとイゾルデ』と、聖杯の探究をテーマにした『パルジファル』です。これだけ多くの作家や作曲家のモチーフになるのはその物語のストーリーが、普遍的に我々に受け入れられるからなのでしょう。

アーサー王とその騎士団が描かれた絵には、その旗印などに赤い竜が描かれています。龍の形をした軍旗としての吹き流しが描かれていることがあります。特に赤い竜は現在UK(英国)のウェ-ルズ地方の紋章となっています。言われてみれば、確かに僕がMBAを取得したWales大学の紋章も赤い竜でした。不思議な縁を感じました。

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2006年2月 5日 (日)

厚木基地

Fi398_0e

 
米軍の厚木基地を見学する機会がありました。年末の六本木のパーティーで出会ったカップルが、厚木基地のNAVYのパイロットだったのです。仲良くなって、厚木基地を見学させてくれない??といったらあっさり許可が出ました。鎌倉市出身の僕としては、海軍の厚木基地と陸軍の座間基地は一度見学して訪れたいところでした。

基地に2時に来るように言われて、東名高速を飛ばしてゆきましたが、ちょうどそのときは、パイロットの演習時間だったのです。轟音を撒き散らせながら飛んでゆく戦闘機に興奮しました。

Fi398_1e 招待してくれたRAZは基地では結構偉い人でした。格納庫にある戦闘機はF18スーパーホーネット 米軍最新の機体です。厚木 基地から房総半島沖の飛行訓練場まで、約Fi398_2e 20分で到達するそうです。

戦闘機というと映画のTOP GUNを思い出します。映画で使われたF14 TOM CATは可変翼の主翼を持つ機体でしたが、この厚木基地ではもう使われていないそうです。見たかっただけに残念でした。

Fi398_3e パイロットは機体のチェックに1時間ぐらいかけるそうです。このときにダラス・カーボーイズのスタジアムジャンパーを着ていったのですが、米軍の兵隊に、 肩をたたかれ、とってもクールだと褒められました。

Fi398_4e 厚木基地のクルーはゴールデンドラゴンと呼ばれているのです。この機体にもゴールデンドラゴンのマークが表記されています。基地の中は、このマークが多く表示されていました。

最後にお土産だと行って、彼らが飛行中に撮影したDVDを戴きました。富士山横を飛ぶ機体の中から撮影したもので、まさにマニア垂涎のお宝でした。2時間ぐらいの見学時間でしたが、本当に有意義な時間をすごしました。

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2006年1月24日 (火)

鎌倉のお気に入り

Fi348_0e

僕は鎌倉市で生まれ育ちましたが、鎌倉には僕のお気に入りのスポットという場所がいくつもあります。小学校の4年から鎌倉の寺めぐりが趣味だったという、鎌倉のお寺に関してはエキスパート??と自負している僕ですが、中でもとてもお勧めなスポットは、臨済宗建長寺派の禅宗寺院報国寺です。

 八幡宮の西には横須賀線も通っており、建長寺や円覚寺、あじさい寺といわれる明月院などがあるので比較的人通りが多いのですが、報国寺は鎌倉の八幡宮に向かって、東の横浜市金沢八景の方角に向かう、朝比奈の切通しの途中にあります。鎌倉駅から歩いていける距離ですが、30分ぐらいの散歩になりますか。このお寺の境内の中には、実に風流のある竹林があるのです。

中で日本茶を立てて貰えます。お茶と茶菓子を食べながら、竹林をぼっと眺めていると、日ごろの疲れが吹っ飛びます。小さな駐車場がありますので、元気をもらいたい時に横浜横須賀道路を飛ばして行ってくることもあります。すばらしい景色が待っていますよ。

車で行かなければ、すぐ近くに天台宗の寺で鎌倉幕府が開かれる500年近くも前の平安初期の天平六年(734)に創建された鎌倉最古の寺である杉本寺があります。雨の日などに行くと、すばらしいです。ついでに向かいには鎌倉五山の第五位、臨済宗建長寺派の淨妙寺などがあり、この寺では庭園を楽しめます。

もう1つお勧めなのは、鎌倉市長谷にある鎌倉文学館です。鎌倉にゆかりの文学者は川端康成、夏目漱石、芥川龍之介、与謝野晶子ら300人以上もいるのです。
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/bungaku/menupage.htm

 鎌倉文学館は、加賀百万石の藩主で知られた、旧前田侯爵家の鎌倉別邸でした。三島由紀夫氏が作品「春の雪」の中の別荘のモデルとして描いていることでも知られています。文学館の庭園の一角には600㎡近いバラ園があります。毎年、5月の中旬から6月にかけてと10月の中旬から11月中旬には見事な花を付け、見事な花には感動します。今度訪れたら写真をアップしますね。

もう1つカレー好きにはお勧めなのは、小町通りにあるキャラウェイというカレー屋さんです。八幡宮の若宮大路にラルフローレンの店がありますが、その角を小町通沿いに曲がるのです。
http://www.jalan.net/kanko/SPT_168209.html
休日には11時ごろから行列が出来てしまうのですが、ここのチーズカレーは鎌倉にありがなら、関東カレーの名店20店にも選ばれた名店の絶品です。

実はこの店は、僕の高校生(県立鎌倉高等学校)のときの同級生の実家なのです。高校生のときにこのお店の二階で徹夜マージャンやって、夜中に厨房に忍び込んで、一緒にカレーを食ったことを思い出します。今頃どうしているかな??青春時代の思い出ですね。

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2006年1月 6日 (金)

美しい写真 陰影礼賛

お正月に昔の写真ファイルを探していたらこんな映像が出てきました。人工衛星で撮った地球の夜景の写真でしょうが、ため息が出るように、すばらしく美しいですね。

Fi275_0e 日本とアメリカ、そしてヨーロッパが明るいのはよく分かるのですが、インドと中国の明るさが目立っていますね。確か2001年ぐらいのファイルですので、今はもっと変わっているのでしょう。

私達は光が部屋全体を照らす生活をなんの疑問もなく送っていますが、これは言い換えれば、私達がいつのまにか闇をなくし、奥行きをなくしたということなのだと思います。確かに光は便利な現代文明の一面ですが、光を照らすことによって見えなくなったものが数多くあるのです。
僕が高校生の時に全巻を読破した作家は、三島由紀夫と谷崎潤一郎でした。谷崎に嵌ったきっかけは、その著作である「陰影礼賛」でした。何と表現力のある、そして美しい日本語を使う人なんだ感動した覚えがあります。とにかく無駄な句読点が一切ない。
谷崎は陰影礼賛の中で、日本の「光と影」、特に「薄暗い」という光の状態のすばらしさを多く語っています。「日本の漆器の美しさは、そういうぼんやりした薄明かりの中に置いてこそ、初めて本当に発揮される」。「大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く光の届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明かりの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか」。「薄暗い空間では金箔は金と見えずに、ほのかな光を受けて闇の中に浮かんで見える壁として認識される」。谷崎は後期作品の耽美嗜好のなかで、異常に女性の白い足(の特に刺青)に執着をしましたが、考えてみると、女性の白い足の刺青も特に、陰影の下でこそ映えるものなのかもしれません。

古来より日本には、「夜目、遠目、傘の内」「色の白いは七難隠す」といった美人についての言葉がありますが、現在の蛍光灯の光の下では、女性の肌が実年齢よりも、より老いて見えることがあります。地下鉄の中で窓ガラスに映る自分の姿に愕然とした経験はありませんか?
しかしながら、現在医学の利器のおかげで、しわやたるみなど肌の凹凸である形態的老化を治療する治療器や、シミやクマなどの色彩的老化、さらには地の肌の色を白くする治療器などが開発されてきています。僕の企画したクリニックでは、どんな照明の下でも女性が美しく見えるよう、肌の平均点を上げるための「肌のメンテナンス療法」をベースに治療メニューを組んでいます。
 

また、光と影によって生み出される空間を大切に考え、照明や家具の配置に配慮して内装設計したつもりですが、このたび商店建築という建築の専門の雑誌に Fi275_1e http://book.japandesign.ne.jp/magazine/shoten-k/0601/
特集を組んでいただくことが出来ました。とても嬉しかったです。
皆様も一度クリニックを見学にいらしてください。

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2006年1月 4日 (水)

ACT4 ナポレオン

Fi277_0e 僕は自分で活字中毒だと自認するほど、読むものが常にないと落ち着かない性分です。
正月の2日3日とクリニックを開けたため、今日からが本当のお休みになります。
何冊か休みに読める本を買っておいたのですが、とてもすてきな雑誌があったのでご紹介します。

季刊誌のACT4という雑誌なのですが、すばらしいオペラに出会ったあとの感動の余韻を楽しむ(第四幕)というコンセプトで編集されているのです。
その感動はオペラに限らず、絵画、旅行、本、そしてすてきな人に出会ったあとの余韻を楽しむということなのです。
この号はナポレオン特集でしたが、本の構成といい、写真の使われ方といい選び方といい、まさに感動の余韻を「堪能する」という言葉がシックリ来るものでした。

ナポレオンについては多くの解釈も、多くの文書も出ていますので、僕が深くを語ることはできません。ですが、ナポレオンを紹介する百科事典には彼の職業を軍人と政治家という二通り併記している点が面白いと思います。
どちらの職業でも立派な業績を残したマルチな人間であったと言うことなのでしょう。天は二物を与えないものですが、ナポレオンは優れた軍人として、生涯のうちにフランス革命後のフランスをまとめあげ、フランスに帝政を敷き、ナポレオン戦争と呼ばれる戦争で全ヨーロッパに侵略、席巻するという偉業を短期間に仕上げました。
同時に優れた政治家として、内政面でも諸改革を行いました。全国的な税制制度、行政制度の整備を進めると同時に革命期に壊滅的な打撃をうけた工業生産力の回復をはじめ産業全般の振興に力をそそぎました。さらに、教育改革にも尽力し「公共教育法」を制定。国内の法整備にも取り組み1804年には「フランス民法典」、いわゆるナポレオン法典を制定しました。
これは各地に残っていた種々の慣習法、封建法を統一した初の本格的な民法典で「万人の法の前の平等」「国家の世俗性」「信教の自由」「経済活動の自由」などの、まさに現代も生きている近代的な価値観と取り入れた画期的なものでした。
教育・交通網の整備にも尽力し、ナポレオンの法・政治・軍事といった遺産はその後のヨーロッパにおいて、共通の基盤となったことは事実です。

私は医学部を受験した2ヶ月前まで文系の受験生だったので、世界史と地理が好きで、とても勉強しました。
一番思い出すのは、体系世界史を教えてくれた先生が繰り返し言っていた、「洋の東西を問わず歴史は繰り返すが、国家が衰退し、国が滅びる直前には、文化が爛熟するのだ」という言葉です。
アショーカ王のマウリア王朝のガンダーラ美術然り、江戸時代の末期の元禄文化然り、メディチ家興隆の末のルネサンス然り。文化が爛熟するためには平和が続かなければならないのだけれど、爛熟した文化の下では逆に人間が堕落するというのはアイロニーですね。

英雄の歴史の中にも、盛者必衰の理があります。
かのベートーヴェンがナポレオンを人民の英雄と期待し「ボナパルト」と言う題名でナポレオンに献呈する予定で交響曲第3番を作曲していたのに、ナポレオンが皇帝即位の報を聞いていたく失望し、曲名も『英雄』に変更したというのは有名な話です。
民衆からの出身で、その期待と信頼を一手に受けていたナポレオンが、皇帝となり民衆との距離が出来てしまったことにより、彼らのニーズを汲み取れなくなって、人心が離れてしまった。仕舞いにセントヘレナ島に幽閉されて、おそらくヒ素中毒で毒殺されたと言う事実はむしろ、人生の儚さを感じ共感できます。

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2006年1月 1日 (日)

2006年1月1日新年のご挨拶

Fi262_0e 謹賀新年 

2006年の正月は呉の実家で迎えました。

Fi262_1e  私は神奈川県の鎌倉市で生まれ湘南と鎌倉で育ちましたが、政府のシンクタンクの研究所で仕事をしていた父が、約10年前にこちらの大学の教授に就任することとなり,広島県の呉に移住したのです。移住に際して父は湘南の家を売り、呉の海岸沿いにある小高い丘の上に家を買いました。この写真だと30度ぐらいしか写っていませんが、海沿いの国定公園が望めるその180度のパノラマはまさに絶景です。祖父が海軍にいたことから父は呉の海軍病院で生まれており、今は自分の故郷に帰ったかのような気持ちでいるようです。この写真は先ほど元旦の日の出を部屋の窓から取った写真です。手前に牡蠣棚があります。

Fi262_2e 数時間で水が満ちて、牡蠣棚が見えなくなります。私が生まれ育った湘南の海と全く違い、瀬戸内海は湖のように波がありません。

午前中には完全に水が満ちてしまいました。碧色の海と言うのはこんな海の色をさすのでしょう。

Fi262_3e_2 遠くに稚児明神という鳥居が見えます。

この海は潮が引くと、タコやアサリ、シジミなどが取れます。ちょっと船を出すと多くの魚が釣れ、まさに豊饒の海です。初めてこの家に来たとき、日本にこんな自然が残っていたなんて・・・と感動してしまいました。

本日午後には東京に戻り、明日2日14時にホテルニューオータニで予定されている抗加齢医療の講演に備えます。

皆様 本年もご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 

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2005年12月24日 (土)

小早川信木の恋 記者会見

Fi210_0e
「小早川伸木の恋」というテレビドラマが、2006年1月よりフジテレビで始まることになり、その記者発表会に呼ばれました。主演は唐沢寿明さん。これは元々ビッグコミックに連載されている柴門ふみさんの漫画が原作となっているのですが、柴門ふみさんとは雑誌の取材がご縁で知り合いとなり、漫画連載にあたって、大学病院ネタをたくさん提供させてもらったのです。今回はその柴門ふみさんからのご招待。ちなみに小早川伸木の漫画単行本(四巻目以降)には、“取材協力 藤本幸弘”と印字されています。

以前柴門さんに、「どうやったらあんな漫画を描けるのですか?」と聞いたことがあります。柴門さんは、「まずキャラを実在の人物から何人か立てて、漫画の中に入れると、彼らが勝手にストーリーを作ってゆくのですよ。」とあっさりおっしゃいました。まさに稀代のストーリーテラー。実は僕も登場人物一人のモデルになっています。皆さん誰だか分かりますか?

Fi210_2e 同じく大学病院に関する取材を受けた、東銀座にある永峯医院http://www.nagamineiin.com/ の永峯先生と柴門さん。永峯先生は東大大学院の時の先輩で、僕が姉のように慕っている人です。

本当にドラマが楽しみです。初回放映は1月12日(木)夜10時です。

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2005年9月28日 (水)

パリのルーブル美術館

美術館をまわるのが好きです。以前にパリに来たときは、オランジェリー美術館に行き、モネの睡蓮の前で、何時間も時間を忘れてすごしたことを思い出します。今回は残念ながら改装工事中でいけませんでした。

 Fi287_0e ガラスのピラミッドからルーブルのシュリー翼を見て

パリといえば、ルーブルやオルセーの美術館が有名ですが、僕はルーブルよりも鉄道の駅をモチーフに使用したオルセー美術館の方がコンセプトや雰囲気が好きなのです。どちらかしか行けなければ、オルセーを必ず選ぶのですが、それでも実は今回、ルーブルにどうしても行きたかった理由があります。

それは何を隠そう、ダンブラウンの「ダビンチコード」です。
1975年に、パリのフランス国立図書館が“秘密文書(ドシエ・スクレ)”として知られる史料を発見し、シオン修道会というキリストのある秘密を口伝する秘密結社の会員多数の名が明らかになりました。そのなかには、アイザック・ニュートン、ヴィクトル・ユゴー、ボッティチェルリ、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチらの名が含まれていることがわかりました。フランス前大統領のフランソワ・ミッテランもこの結社の会員だったのではないかと噂があります。
同時に天才にしていたずら好きでもあったレオナルド・ダ・ヴィンチが、作品の多くに秘密のメッセージをまぎれこませたことは広く知られています。モナ・リザ、最後の晩餐、岩窟の聖母といった彼の最も名高い作品にさえ、謎めいたメッセージが語られているとのことです。
ダンブラウンは、これらの事実になるべく則しながらキリスト教の根底を揺るがし、ヨーロッパの歴史を塗り替えた巨大な謎を独自の解釈で解き明かします。読んでいない方も多いと思いますので、ストーリーについてはあまりふれませんが、この本が世界的にベストセラーになったおかげで、ミラノにあるダ・ヴィンチの最後の晩餐は整理券がなくては見られなくなりました。ルーブルのモナ・リザも、2005年の9月、つまり僕が行った月から写真撮影が禁止になりました。前にルーブルに訪問したときにはちゃんとモナ・リザさんとツーショットで写真を撮りましたけれど。
聖書の中では娼婦とされているマグダラのマリア像。実はキリストの妻であり、その血を後世に伝えたという噂があります。前回来た時には気にも留めませんでした。

Fi287_3e お約束のミロのヴィーナスです。これは撮影禁止にはなっていませんでした。

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2005年6月23日 (木)

アウシュビッツ見学

この学会に参加して最も良かったのは、人類の負の遺産であるアウシュビッツを訪れることが出来たことだと思っています。殺人工場といわれたこの強制収容所は、現在ポーランドの領地内にあります。あるものは即座に殺され、あるものは過酷な労働に従事させられた後に殺されました。ここで殺された人々の数は28の民族、150万人以上にも上ると言われています。死者から切り取られた髪の毛から作られた絨毯や、おびただしい数のメガネや鞄などが展示物として山のように積まれており、その圧倒的な存在感は、涙が自然とあふれ出て、目を覆うものばかりでした。人類として一度は見ておかなければならない歴史の事実だと思います。2度と行きたくはないですが、、、、。

Fi129_2e アウシュビッツの門には、働けば自由になる(ARBEIT MACHT FREI)と書いてありました。この門を収容者たちがどんな気持ちでくぐったのでしょうか?

医学の歴史は、非常に戦争と密着していると言われています。事実、戦時中が最も医学が進んだ時期なのです。大学時代に、森村誠一の悪魔の飽食という本を読んで、陸軍中将の軍医であった石井四郎の率いた関東軍731部隊を知りました。中国人を丸太と呼んで、生命の極限まで生体解剖をしたのです。血液の代わりに水を入れたらどうなるのかとか、肺を半分切除したらどのくらい生きるかとか。まさにマッドサイエンティストのなせる業です。戦前まではドイツが世界で最も医学の進歩した国だったのですが、戦後になり、731部隊の資料を得た米国が世界でもっとも医学が進化したという噂があります。信じたくないですが。

確か、遠藤周作の『海と毒薬』という本で、これにヒントを得たと思われる話が取り上げられています。腕は確かだが、無愛想で一風変った中年の町医者の主人公である、勝呂。彼には、大学病院の研究生時代、外国人捕虜の生体解剖実験に関わったという忌まわしい過去がありました。病院内での権力闘争と戦争を口実に、生きたままの人間を解剖したのです。この前代未聞の事件を起こした人々の苦悩を淡々と綴った海と毒薬は、人間の罪責意識を深く、鮮烈に問いかけるまさに名作でした。実はこの本に続編があったのを皆さんはご存知ですか?『悲しみの歌』という小説です。戦時中、生体解剖に関わり戦犯となった過去を持つ開業医が、若い新聞記者に正義という名のもとに追い詰められていく。”普通”の人間達の悲しみ、そして弱さが描かれた作品でした。小説中に登場するお人好し外国人、ガストンさんの”ピュア”な優しさは涙を流さずにはいられません。お読みになったことのない方にはお勧めの書です。また、ユダヤを扱った映画はいくつもありますが、私が見た中で、シンドラーのリストと、ソフィーの選択は名作だと思います。思い出すと感情が高ぶってしまい、ものをかけなくなるので、次の機会にまわしたいと思います。

Fi129_3e ここはアウシュビッツの終着駅です。二つに線路が分かれていますが、どちらの終着駅も死しかありませんでした。

一人の医師として、アウシュビッツで受けたおそらく死者達が感じたであろう、忸怩たる思いと、深い諦観を肌で感じました。この感情を生涯大切にしようと思いました。

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